|
===================================== 〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。
ゴング(Gong)は、1967年にオーストラリア生まれのデヴィッド・アレンを中心にフランスで結成されたプログレッシブ / サイケデリック・ロック・バンド。英米ではスペース・ロックというジャンルで括られることが多い。 アラン・ホールズワース、ティム・ブレイク、スティーヴ・ヒレッジ、ディディエ・マレルブなどが在籍したバンドとしても知られる。 メンバーの出入りが激しく、リーダーのアレン自身が1975年に脱退した。残されたメンバーはピエール・ムーランを中心にバンドを再編成し、後にピエール・ムーランズ・ゴングと名乗り1988年まで活動した。アレンは脱退後プラネット・ゴング、ニューヨーク・ゴングなどを結成。ジリ・スマイスはマザー・ゴングを結成。他にも、元ピエール・ムーランズ・ゴングのメンバーによるゴングジラ、Acid Mothers Templeと合体したアシッド・マザーズ・ゴングなど、ゴング名を冠するバンドがいくつも存在し、ゴング・グローバル・ファミリーと総称されている。 == クラシック・ゴング == === フランス時代 === カンタベリーロックバンド・ソフト・マシーンのメンバーとして活動していたデイヴィッド・アレンは、ツアー先のフランスからイギリスに再入国できなかった為(麻薬所持のためといわれる)、バンドを脱退。フランスに留まり、新バンド結成への創作活動を続けていた。パートナーで後に妻となったジリ・スマイス〔イギリス生まれでソルボンヌ大学で英語学の教職に就いていた。〕とは、ソフト・マシーンとして行ったポエトリー・パフォーマンスで出会った。 1968年、フランス五月革命において、アレンとスマイスは学生側に加担するパフォーマンスを行った。このことにより公安警察に追われる身となり、スペインのマヨルカ島デヤに潜伏。ここでディディエ・マレルブと知り合い、バンドの原形が作られる。その後、フランスに戻り「ゴング」を結成した。 1969年にフランスBYG・レーベルからファースト・アルバム『マジック・ブラザー』を発表。1971年、アレンのソロアルバム『バナナ・ムーン』発表をはさみ、2nd『カマンベール・エレクトリック』を発表。このアルバムからエンジニア兼エレクトロニクス奏者のヴヌー・ドゥ・ルクスが参加し、サウンド面での飛躍的な進歩をみせている。 1972年、グラストンベリー・フェスティバルに出演。その年のイギリスツアーの後、英ヴァージン・レコードと契約する。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「ゴング (バンド)」の詳細全文を読む スポンサード リンク
|